パイプオルガン由縁~沼田惠範の願い

 仏教伝道協会を設立した沼田惠範(1897-1994)は、渡米中に訪れた教会でパイプオルガンの音色に深く感銘を受け、心を癒された経験から、日本の寺院への寄贈を発願します。
その思いが実り、1970年、仏教伝道協会から築地本願寺へドイツ・ヴァルカー社製の初代パイプオルガンが寄贈されました。
 以来55年にわたり、その荘厳な音色は多くの人々に親しまれてきました。

そして2025年、初代オルガンの老朽化に伴い、再び仏教伝道協会によってイタリア・ザニン社製のパイプオルガンが二代目として設置され、沼田惠範の願いは現代に受け継がれたのです。
これからも築地本願寺には美しいオルガンの音色が響き渡り、私たちに安らぎを与え続けてくれることでしょう。

オルガンの特徴

エレクトリック・キーアクション/エレクトリック・ストップアクション/
3段手鍵盤+足鍵盤/ストップ数:42/パイプ総数:2,566

  • 正面パイプ本数48:法蔵菩薩(阿弥陀仏)の四十八願
  • 正面のパイプ群「6つの山」: 「南・無・阿・弥・陀・仏」の六字名号
  • 木枠デザイン:合掌をイメージ
  • 金色のパイプ:ご本尊の光に照らされているイメージ

パイプオルガンの設立と建替の経緯

昭和32年(1957年)

 4月、銀座三笠会館にて、㈱ミツトヨ社長 沼田惠範と、後に本願寺築地別院(現築地本願寺)の正オルガニストとなる伊藤完夫氏(京都女子大学教授)が偶然出遇う。その後、沼田惠範は、伊藤完夫氏、築地本願寺東京親鸞会初代会長で財界の重鎮であった永野重雄氏、同じく会員で昭和を代表する作曲家の古賀政男氏、築地別院輪番 下川弘義らと、何度も話し合いを重ね、当時、東京における仏教音楽の拠点であった築地別院にパイプオルガンを設置することが計画された。

昭和40年(1965年)

 沼田惠範は、会社経営のかたわら、仏教伝道のために仏教音楽の普及と近代化を志し、仏教聖画や仏教聖典の普及に努めてきたが、パイプオルガン寄贈を機縁にこれら一切の仏教伝道事業を組織化し、財団法人 仏教伝道協会を設立。西ドイツ国のヴァルカー社長兼技師ウェルナー・ヴァルカー・マイヤー氏が来日。築地別院にて楽器の機構について研究する。

昭和43年(1968年)

 仏教伝道協会(理事長 森川智徳) 理事会にて寄贈を決議。築地別院輪番 下川弘義は直ちにこの旨を浄土真宗本願寺派 大谷光照門主に報告し、ここにパイプオルガン設置の運びとなった。

昭和44年(1969年)

 伊藤完夫氏が楽器の設計に当たり、ヴァルカー社と交渉し、4月製作に着工する。

昭和45年(1970年)

4月 製作完了。
6月末 横浜港に荷揚後、7月21日築地別院に到着。直ちに組立作業に入る。
8月31日 上棟を了し楽器調整に当たる。
10月29日 パイプオルガン上納式を挙行。
10月31日 パイプオルガン披露演奏会を開催。

平成14年(2002年)

3月/大修復
12月6日/第11回仏教音楽祭(築地別院パイプオルガン平成大修復記念)

令和元年(2019年)

6月/仏教伝道協会(理事長 桂紹隆)理事会にて建替を決議。

令和2年(2020年)

11月18日/第20回仏教音楽祭(上納50周年記念)

令和3年(2021年)

12月/築地本願寺パイプオルガン建替委員会 発足。
相愛大学名誉教授 久保田清二氏、東京藝術大学名誉教授 廣野嗣雄氏に委員会委員を委嘱。

令和5年(2023年)

3月 仏教伝道協会とザニン社間で契約を締結、オルガン製作を発注。

令和7年(2025年)

1月24日/ありがとうコンサート~55年間の感謝をこめて~
※第225回ランチタイムコンサートとして築地本願寺が主催。

2月4日 旧オルガン解体作業、着工。

7月/オルガン製作完了。

9月下旬/東京港に荷揚後、築地本願寺に到着。直ちに組立作業に入る。

10月1日/仏教伝道協会と築地本願寺間で使用貸借契約が取り交わされる。

10月中旬/上棟を了し楽器調整に当たる。

11月5日/パイプオルガンがザニン社より仏教伝道協会へ引き渡される。上納式を挙行。

令和8年(2026年)

1月30日/パイプオルガン ニューイヤーコンサート開催。

パイプオルガンギャラリー