禅僧の言葉 Vol.06 松原泰道「私が彼土でする説法の第一日です」(最終回)

Vol.06 松原泰道「私が彼土でする説法の第一日です」(最終回)

  光陰まことに矢の如しとはよく言ったもので、早いもので令和2年も一ヶ月が経過しました。こちらで担当させていただいているこのブログも、おかげさまで最終回を迎えます。

  今回ご紹介させていただく言葉は、平成21年に「遷化」した私の祖父にあたる故・松原泰道師の遺言の歌になります。松原泰道師は明治に生まれ百一歳でなくなるその直前まで執筆や講演活動をした臨済宗の僧侶です。1989年には仏教伝道文化賞を受賞し、ベストセラーになった『般若心経入門』をはじめ、その著作は百冊を超えます。一般の方が亡くなることを「逝去」と言うように、僧侶の死去は「教化の場を遷す」という意味から「遷化」とするのです。

「私が死ぬ今日の日は 私が彼土でする説法の第一日です」

  「彼土」というのはあの世のこと。私が死ぬちょうどその日は、あの世で説法をする第一日目だというのです。祖父の葬儀の時に、この言葉は綺麗に色紙に書き記され、棺の上に飾ってありました。あの世へ旅立っても説法をするというこの言葉、おそらく何も知らないまま出会っていたら、その意味の通りにしか理解できなかったかもしれません。この言葉には、祖父のとても強く大きな想いが隠されていたのです。
  時間を遡ること祖父が亡くなる少し前、祖母が亡くなりました。その頃、京都の妙心寺の修行道場に身を置いていた私は、葬儀のために特別に二泊三日で東京に帰ることが許されました。
  祖父にとって、結婚して七十年連れ添った妻との死という別れは、とても悲しいものだったと思います。その悲しそうな目をみていると、本当にかける言葉の一つも見当たりませんでした。そして、このお葬式が私にとって祖父との最後の別れになるのです。それでも、祖父と向き合って言葉を交わせたことで、禅僧として、人間としてたくさんの学びや気づきがありました。残念ながら祖母の死に目にはあえませんでしたが、祖母からの最後のプレゼントだったように思えるのです。
  その中の一つが、この遺言の歌にまつわるものです。私が祖父から直接聞いた遺言は、先に挙げたものとは二文字違っていたのです。

「私が死ぬ今日の日は 私が地獄でする説法の第一日です」

  その時、私は納得することができませんでした。誰が好き好んでわざわざ自分から地獄へ墜ちていく人がいるでしょうか。祖父ほど世のため人のために尽力した人なら、きっと極楽にいけるはず、と思ったからです。しかし、よくよく考えてみるとこの「地獄」という所に大きな意味があったのです。
  昔の中国に、趙州(じょうしゅう)和尚(七七八―八九七)という百二十歳まで生きられて、禅の教えを説かれた高僧がおられました。一人の信者さんが趙州和尚に質問します。
  「和尚様は地獄に墜ちますか?」
  趙州和尚は答えます。
  「真っ先に墜ちるぞ」
  信者さんは納得出来ずに、再度質問をします。「和尚様の様な立派な僧侶が、何故地獄に墜ちるのですか?」
  趙州和尚は言い切ります。
  「私が地獄に墜ちなければ、誰が地獄に墜ちたお前さんを救うんだ?」
  信者さんが地獄に墜ちることを前提にしている所が可哀想ですが、何とも深い話です。地獄にいる人たちにとって、最も必要なのは仏教の「教え」による救いです。幸せに溢れ、苦しみのない人がいる極楽よりも、今まさに悩み苦しんでいる人がいる地獄に自ら墜ちて、自分が学び培ってきた禅の教え、仏教の教えを説き尽くしたい。これこそ、祖父や趙州和尚の仏教の布教に対する強い気持ちだったのです。百二歳で遷化されるまで、布教道を貫き、「生涯修行、臨終定年」を掲げていた祖父らしい言葉です。
  この文章を私が書いている今頃も、地獄のどこかで汗にまみれて、布教に走り回っている姿が目に浮かぶのです。「生涯現役」どころか「死んでも現役」、定年もまだのようです。
  明治に生まれ、戦争を体験し、「死」という現実と隣り合わせで生きてきた。昨日まで元気に挨拶していた近所のおばさんが、次の日空襲で亡くなってしまう。未来ある若者たちが招集されて、次々と戦死してしまう。その中で、百歳を超える長寿に恵まれた祖父は、どんな気持ちで新しい朝を迎え、新年の門松をみてきたのでしょう。おそらく、口には出さないけれども、一度も忘れたことはないと思うのです。
  今日、ここに生きていることさえ奇跡的なことと、「自分は生かされているのだ」と身をもって自覚し、たくさんの人たちの想いを背負ってきた祖父だからこそ、「地獄で説法」という言葉が出てくるのです。そして、その生涯の使い方に一抹の迷いがないのです。
  私は、祖父のようにこれだけ真剣に自分の命と向き合うことができているか。いま目の前のことに一生懸命取り組むことができているか。いつもこの言葉を見ると、背筋が伸びる気持ちになるのです。
  最後になりますが、六回にわたってご紹介させていただいた禅僧方の魂の言葉。皆様の人生を扶ける杖言葉となってくだされば、これにまさる喜びはありません。このような機会を与えてくださった、仏教伝道協会様に感謝申し上げ筆を置かせていただきます。

細川晋輔  臨済宗妙心寺派 龍雲寺 住職

1979年生まれ。東京都世田谷区・龍雲寺住職。松原泰道の孫。佛教大学卒業後、京都・妙心寺専門道場にて9年間禅修行。花園大学大学院修了。妙心寺派布教師。東京禅センター副センター長。NHK大河ドラマ『おんな城主直虎』禅宗指導。朝日カルチャー新宿教室、早稲田大学エクステンションセンター中野校講師。著書『わたしの坐禅』(青幻舎)、『人生に信念はいらない』(新潮社)、『迷いが消える禅のひとこと』(サンマーク出版)ほか。

細川晋輔