先学に聞く 第5回:吉田宏晢(大正大学名誉教授)

第5回:吉田宏晢(大正大学名誉教授)

大切にしている言葉

「唯蘊無我(ゆいうんむが)を悟れば、出世間心(しゅつせけんしん)生ず」
(『大毘盧遮那成佛神變加持經』大日経 住心品)
1935(昭和10)年、埼玉県生まれ。東京大学文学部哲学科卒業、同大学大学院人文科学研究科博士課程(印度哲学佛教学専攻)満期退学、大正大学仏教学部専任講師、助教授、教授を経て2005年定年退任、名誉教授。真言宗智山派宥勝寺(埼玉県本庄市)住職。
1991年「空海思想形成過程の研究」で文学博士(早稲田大学)の学位を取得。
1997年密教学芸賞受賞、2007年密教教化賞受賞。2022年中村元東方学会特別顕彰。
比較思想学会会長、日本密教学会理事長、真言宗智山派伝法院長等を歴任された。

01.大切にしている言葉

―はじめに、先生が大切にされている仏教の言葉をその背景と共にご紹介いただきたく存じます。
 そうですね。最初はやはり一番ショックを受けたのは、「無我」という言葉です。実は、私が26歳のときに弟が亡くなってしまったのです。それまでは哲学科で学んでいましたが、東京大学の哲学科で学んだのは、西洋哲学です。ヘーゲルの精神現象学に関する論文を書いたのですけれども。そのタイミングで弟が亡くなったものだから、どうも西洋哲学では、死の問題は解決できない、これは駄目だというふうに思いました。
 そして生まれがお寺だったものですから、大正大学大学院へ仏教を学びに行ったのです。そこで2年間学んで、ふたたび東京大学大学院の印度哲学科に入り直したのです。修士論文では『大日経』の第一章、住心品(じゅうしんぼん)の蔵漢対照研究(チベット語と漢訳を対照させ読み解く研究)をし、博士課程に行った。その間にも、いろいろ悩んでいたというのか、仏教を勉強してはいたのだけれども、わからないことも多い。けれど、あるとき突然電車の中で「無我」について考えていて「我というものが、俺にはないのだ」ということに気がついたときに、ものすごく気が軽くなったのです。
 それまでは、ドイツ観念論を中心に学んできたものですから。ドイツ人ではありませんけれどもデカルトの「コギト・エルゴ・スム(我思う故に我あり)」のように「我」というものは、もう西洋哲学では消し去ることができない考え方です。それで悩んでいたのだけれども、仏教の「無我」に多くを学んだのです。今でも覚えているけれども、御茶ノ水から水道橋へ行く電車の中でパッとひらめいたのです。それがわかったときに、重荷が全部、ものすごく吹っ飛んでしまったような感じがして。それが1つのきっかけだったと思います。それまでは、西洋哲学の系譜でいうと、「我」という束縛から逃れられなかったのです。「無我」などと言っている人は、いないわけではないけれども主流ではありません。そういう意味で、転換期の1つのきっかけは「無我」なのです。
―お寺でお生まれになられて、お育ちになられて、哲学を勉強しようと思われたのは、なぜなのですか。
 それは、高校の先輩。2年上の先輩が東大に入ったのです。それで「じゃあ、自分も哲学科に入ろう」思って入った。理由が単純なのですよ。
 しかし、そこで勉強をしていく中で哲学を学び、後に仏教を学んだからこそ、相対化できるということがありますね。だから、仏教だけ学んでいると、仏教の言葉に囚われてしまって、出てこられないのですよ。そういったら悪いけれども。恩師の中村元先生は、そういう「タコツボ」をやめたほうがいいというようなことをおっしゃって、比較思想学会をつくったのです。
 論文指導教官は、玉城康四郎先生でした。もちろん、学科全部の教官が論文を見て、批評してくれたのです。だから、玉城先生だけでなく、中村元先生や平川彰先生、早島鏡正先生など。そういう方々に論評を書いていただきましたよ。
 先ほども言いましたが、東大大学院の修士で『大日経』の研究をはじめました。その中の非常に大事な住心品という章に「唯蘊無我を悟れば、出世間心生ず」という言葉があるのです。これは、専門的な言い方をしますと住心品の中の、三劫段(さんこうだん)というものがあります。要するに、それまでの世間の心から、唯だ蘊なりと理解し、無我を知れば、世間を出るという心が生じるという意味です。
 ですから、そういうことが背景にあって、「無我」というものが、それを見たときにわかったわけではないのですが、人生の転換点になったといえるでしょう。今思うと、仏教を勉強しようと思って、大正大学に入ったときには、まだそこまでたどり着けていませんでしたね。
―その後も『大日経』のご研究をずっと続けておられて、1991年に博士論文をまとめてお出しになられたのですよね。
 ええ、そうです。実は私、博士論文を書く前に、うちが火事になってしまったのです。ちょうど、教え子の結婚式の仲人で四国へ行っているとき、配線にいろいろな電気器具をつけて、たこ足でやっていたのです。そうしたら、その配線の下の柱が、もう真っ黒になっていた。それが原因なのです。庫裏が焼けて。本堂は残ったのですけれども。本も。パソコンもやり始めた頃だった。一切合切燃えてしまったのです。それで気を取り直して、今まで書いたものをまとめようという気持ちになって、いろいろなところへ発表したものがあったから、それを持ってきて、博士論文にしました。それで、早稲田に平川彰先生がいらっしゃったので、高崎直道先生にもお世話になって、そういう関係で、早稲田で学位をもらった。
 今思い返すと、弟の死とその火災が、大きな転機になりましたね。
01.大切にしている言葉

02.自分を支えてくれた大切な考え方 四諦八正道

 無我の話をしましたが、もう1つはその後、お釈迦様の初転法輪の四諦八正道というものがございます。それが、四諦八正道のはじめ、苦諦という。それが四苦八苦という言葉で述べられているわけですけれども。その苦というものが、苦しいというふうに、それまではみんな解釈していたでしょう。
 ところが、これは私が東大のときの、平川彰先生や中村元先生の辞書なんかに、ドゥッカというものは「思い通りにならない」という意味なのだと教えられたものですから、これで四苦八苦というものが分かるわけです。生まれる、年を取る、病気をする、亡くなると。だから「愛別離苦(あいべつりく)」や「怨憎会苦(おんぞうえく)」など全部思い通りにならないという意味でとれば、人生は正に四苦八苦なのです。
 それで、この問題を解決しようとして、これはお釈迦様の四門出遊の例えにあるように、老病死というその問題を解決しようとして、お城を出たわけですから。だから、それが6年間の難行苦行の試練の末に、悟りを開かれた。そのときに、四苦八苦を乗り越えたわけです。だから、その境地は、一切の苦しみ、悲しみを乗り越えて、大安楽の境地に至ったのです。それから、思い通りにならないことがなくなっちゃったから、大自在の境地にも至ったのです。これは『般若理趣経』という真言宗で読誦している経典ですけれども、その中にきちんとあるのですね。「大安楽大自在」という言葉が。だから、それがやはり四諦八正道の四諦の最初の苦諦ということになります。
 これが生老病死などの四苦八苦で、第二の集諦というのは、その原因です。苦の原因の集まり。何が苦の原因かということは、実は、経典にきちんと出ていないのです。そこで、これはあとから檀家の人などに話をするときに、胃が痛くて苦しいというときには、原因がある。その原因は食あたりか、胃潰瘍か、何かそういう直接的な原因があって痛いわけですから。だから、それが苦の直接的な原因なのです。そして、その直接的な原因には、間接的な原因があると。そして、その間接的な原因は、大酒を飲んだ、ストレスが溜まった、悪いものを食べたなどという間接の原因があって、食あたりや胃がんや胃潰瘍になるわけだから。だから、仮に直接的な原因を治しても、また不摂生や、大酒を飲めば病気になるという。そういう間接の原因もあるわけです。だから、集諦の集まりというものは、苦の原因の集まりですから、それを概念的に分けて考えると、この胃の痛みというものは、その直接的な原因と、それからそういうふうになった間接的な原因。それから、いちばん大事なのは、そんなにお酒を飲んだり、ストレスを溜めたりすると、病気になるということを知らない無知です。無知がその原因。だから、直接的な原因、間接的な原因、それから無知というものが、この生老病死に当てはまるのではないでしょうか。
 では、生老病死の四苦八苦は、何が原因なのかということになると、これは、仏教の歴史の中でずっと追求されてきた問題です。『大日経』の中にもあるのです。つまり、最初は我執ですね。それが、その直接的な原因なのです。我執は思いですから、それは実際の行動には現れないわけで、行動に現れて初めて、行為があって初めて、その結果として苦があるわけです。しかし、苦には我執というものが根本にあって、貪りや怒りなどというような形で喧嘩をしたり、人殺しをしたり、盗むなどということが起こってくるわけです。だから、その根本的な我執が苦の原因ということになる。
 さらに、第2の間接的な原因。これは、言葉に対する執着というのか、言葉とそれが同じだというように考えている。だから我という。法話のときに「皆さんは、生まれてから死ぬまで、自分というものは変わらないと思っているでしょう」と言うのです。みんな「そうだ」と言うのだけれども、それは、言葉は変わらないけれども、実際は心も体も生まれてから死ぬまで変わっている。ところが、「自分」とか「私」という言葉が変わらないから、みんな自分が変わらないと思っている。それが、間接的な原因です。
 それだけではなくて、仏教の歴史の中で大切なことは、法無我です。要するに「五蘊皆空(ごうんかいくう)」といったときは、法無我ですから。だから、直接的には我執、それから今度は、間接的には法我執。あらゆるものに対する執着ですね。
 そして、最後の無知にあたるものが無明で、それを乗り越えるものが般若の智慧だと。これは、知識とは違うのです。知識ではなくて、般若の智慧。しかし、その胃の痛いときの対応として考えれば、その3つの原因がある。これは、みんなよくわかるのです。
 だから「無我」と「四諦八正道」です。お釈迦様の最初の説法。それが苦諦、集諦、それから、その苦の原因の集まりがなくなれば涅槃の境地。それから、どうやって苦の原因の集まりをなくすかという方法論が八正道。だから仏教の根本が、ここでもう全部出ているのです。
02.自分を支えてくれた大切な考え方 四諦八正道

03.専門的な話を中高生に伝える

―難解とされる「密教」に関して初学者に講義をされるときは、どのようなお話をされますか。
 結局、知識にあたるものは智慧だし、無知にあたるものは無明。よく無明の長夜(じょうや)というでしょう。ずっと永遠に生まれて死ぬことを繰り返すということが無明の長夜で、それを般若の智慧が破るということです。これを話すと、中高生でもわかってくれる。
 この間それを経験したのですね。あるご家庭のおじいちゃんが亡くなって一周忌をしたのですけれども。その場で四苦八苦というものが、思い通りにならない意味だと言うお話をした。そのことに気がついたとき、これは全ての人類の課題、それが世間であり、その世間を出るということが、出家という話をしたんです。これは、本当にわかりやすいし、仏教の根本の問題だと思う。その場に居た中学3年生が「おばあちゃん、仏教はすごいのだね」と言ってくれた。
 三劫という無限の時間。唯識だと、三劫成仏というのですが、『大日経』の漢訳の注釈だと、その劫というのは時間ではないのだと。そうではなくて、妄執。囚われと解釈します。だから、kalpaやvikalpaなどでも、それは、劫というものは、時間、三劫をかけて。三劫といっても三大阿僧祇劫(さんだいあそうぎこう)ですから、無限の時間をかけて成仏するのだけれども、劫というものは、時間ではなく妄執。だから、その妄執がなくなれば、成仏するのだと。そういうふうに住心品に書いてあるのです。だから、そういう三妄執とは何かというと、まずは我執です。人我執、それから法我執、それから無明執というように、妄執がなくなれば成仏すると説いているのです。もっと簡単にいうと、弘法大師が「悟れば仏」だと、こういうふうにきちんと言っています。
 だから、一般的には悟りや般若の智慧などというものは、どうも何か遠い世界のこと。あるいは、無限の時間のあと、などというように考えてしまっているし、仏教は一体、何を解決したのかという点で、その四苦八苦を乗り越えたと。そして、四苦八苦というものは、思い通りにならないという意味だと。苦しいというだけで考えてしまうと、人生が四苦八苦だといわれると、みんなそう思わないでしょう。こんな楽しいことがたくさんあるというけれども。思い通りにならないのだと言われれば、生まれる、年を取る、病気をする、亡くなる、ということは思い通りにならないのです。
 それから、愛別離苦(あいべつりく)、怨憎会苦(おんぞうえく)。これは戦国時代の武将だった人が、夫が戦場で殺されれば、愛する者と別れることと、恨み憎みに思う敵に出会うということが、一緒に起こったわけです。だから、あとは求不得苦(ぐふとっく)や五蘊盛苦(ごうんじょうく)などとありますけれども。だから、これが、やはり思い通りにならない。そういうことに気がついたとき、極めてみんなに説明すると「なるほど」と。これは、もうお通夜のときなど、そういうところでお話しているのです。だって、愛別離苦なんて、お通夜のときに経験していることなのですから。

04.弘法大師空海のこと

―『大日経』の研究を深くされることによって、新たに見えてきたものがあったんですね。
 ええ、そうですね。やはり『大日経』の最初の部分に当たる住心品というものは、まさにその一番大事なところです。そのあとのチャプターは、みんな儀礼なのです。そして、その儀礼の意味というものは、人々を救済する方便だと。そういう立場で、真言を唱えて印を結んで、曼荼羅の諸尊に瑜伽(一体化)するなどという実践があるのです。住心品の教義は、これを教相といいます。教義。そして事相といいまして、これは実践の問題なのですね。それは人々を救済する方便だと。つまり、あまり三劫段など難しいことを言ってもわからないですけれども。だけど、その儀礼というものも、密教の弘法大師などは、顕教と密教を分けるときに、4つの違いを出していました。
 1つは教主が違う。密教と顕教は教主が違う。顕教の教主は、みんなお釈迦様なのです。密教の教主はお釈迦様ではなく、お釈迦様の悟りのお姿です。これを法身といいます。これは、華厳の東大寺の大仏は毘盧遮那如来で、『大日経』はマハーヴァイローチャナ。その違いというものは、『華厳経』の毘盧遮那如来という仏は、説法をしないのです。そして、その禅定によって、中へ入った菩薩や王様たちが見てきた世界をその菩薩たちが語るのです。毘盧遮那如来は説法しないのです。ところが、大日如来は、最初から説法を始めてしまうのです。
 そして、その大日如来に質問したのは金剛薩埵(こんごうさった)といいます。金剛薩埵が「大日如来の一切智智というものは、どうやって得たのですか。その因と根と究竟(くきょう)を教えてください」というように頼んで、大日如来が説法するのです。因は菩提心、根、根っこです。菩提心を強めている根は、大悲。それから、最後は方便です。その因、根、究竟は菩提心・大悲方便だと言うのです。その方便が、まさにその密教の事相ということです。
 それを弘法大師は『弁顕密二教論』の中で、教主と教法と成仏の遅速と利益。その4つに分けて、顕教とは違うのだということを述べた。その中で、即身成仏ということも出てくる。だから、それは成仏の遅速です。そういったことを言い出したのは、弘法大師が初めてなのです。
04.弘法大師空海のこと

05.後学に向けて

―今後の若い僧侶に向けて、今、こういうことが必要ではないかということがあれば、お教えいただきたいと思います。
 真言宗の子弟でしたら、やはり『大日経』と『釋摩訶衍論』です。『菩提心論』もありますが、そういう基礎的な書物を、まずはとにかく読みこなすことだと思います。それが一番基礎になっているわけですし、その弘法大師が『真言宗所学経律論目録』というものをつくったのです。所学、学ぶべき経律論。その中にたくさんあります。『大日経』と『釋摩訶衍論』(『大乗起信論』の注釈書)、それから『菩提心論』という。私の見るところでは、その3つぐらいをきちんと読んで、チベット語まではいいですけれども。しかし、いくつかの翻訳が出ていますから。それを読みこなせば、教育としては一番いいのではないか。
―その3つをテキストとして読むだけではなくて、それが、先生が先ほどおっしゃった「無我が体に落ちてきた」というように、ここに書いていることが、血となり、肉となるということが求められるのでしょうか。
 そうですね。だから、やはりこれは体験的なものだと思います。あとは、視野を広げないと駄目です。そういう仏教だけではなくて。私も哲学科でいろいろやっていたから、物事を書いてある背後、行間を読むなどとよくいいますけれども、そういう読み方を心がけていました。自分や人々にとって、それはどういう意味があるのかという。そういう有用性というとおかしいけれども、そういうものを念頭に置きながら勉強していく。だから、学問のための学問ではなくて、人々のための学問というか。
 学者というものは、往々にして、文献だけで研究する人が多いわけですから、それも大事なことなのだけれども。しかし、それこそ批判的にというと言い過ぎかもしれないけれども、一旦戻って考えるというか。だから、教育はそういう力を身につけさせるということが、教育になるのではないですか。ただ解釈をするだけではなくて。解釈は当然、その立場が出してきますけれども。中村先生の言い方ではありませんけれども、やはり学問の世界がタコツボ化になってしまっているでしょう。文献も非常に狭くて。それは本当のことをいうと、それがどういう意味を持つのかということは、結局わからないのです。ほかのものと比較して、そして、さらに自分の生徒や人々の願いなどというものにはまるか、勉強していかないといけないと思います。
 そのために、比較思想学会や学術交流みたいなものが必要になってきますが、比較思想も当然、その比較思想だけでは駄目です。やはり選択をしていかなくてはいけませんから。ただ比較するだけではなくて、これはどちらがいいかという、そういう選択をしていく。ただ比較するということを超えて、もっと比較のうちで、どちらか選択する。あるいは、どちらも選択しないという。そういうことをやっていかないと、第一、面白くないでしょう。哲学などというものは、もう難しいですからね。だから、やはり文献学は、それはそれで必要なのですけれどね。私も、寺の住職をやっていた関係上、いかに檀家の人にやさしく話すかということを考えてやっていました。だから、普通の文献学ではない。しかし、それを離れられないのです。離れずに実行する。真言宗の根本行といいますか、離れると、真言宗ではなくなってしまいますから。
―変化の激しい現代社会の中で、真言宗や空海の思想の魅力、その役割などというものを、何か先生はお考えですか。
 そうですね。この弘法大師の思想というものは、その当時のその宗教や思想など、そういうものを全部総合してしまったのです。そして、それを順序づけてしまった。しかも、その最後はみんな、これが同じだという。曼荼羅という考え方がありますけれども、これは第一住心から十まであって、第一住心というものは、異生羝羊心(いしょうていようしん)といって、羊など。要するに、食と淫しか考えない。そういう段階から、第二住心が道徳の立場です。儒教など。それから、第三住心は中国の道教、インドでいえば生天教。天に生まれる。そして、第四住心が今言った唯蘊無我心という。これは声聞乗。大乗になる前の声聞乗。第五住心が縁覚乗。第六住心が法相宗ですね。法相唯識。そして、第七が中観、中観仏教。第八が天台、第九が華厳というようになっていて、その当時のあらゆる思想宗教を包含してしまった。そして、最後は真言密教が来るのだけれども、その真言密教は、ほかの仏教や道徳よりも優れているのだという面と同時に、九顕十密(くけんじゅうみつ)。九つの顕教とそれが全部密教だと。十密だという言い方をしています。
 だから、ただ比較しているだけではないのです。それを総合的に入れ込んだ実践的な教えが、真言密教だということを出しているわけです。だから、それは今の時代になって、いろいろな哲学や信仰や宗教などがありますけれども、それはみんなどう違うのかなど。考えなければいけないです。閉じこもらずにね。
 ただ、こういうことはある意味、十住心や『大日経』住心品などをきちっと読まずにやっていても、本当にがっちりしたものにはならないと思うし、僧侶でも、なかなかそこまでは読み込めないです。住心品だけでも分量が多いから。さらに、注釈がないと駄目ですからね。住心品の注釈、一行(いちぎょう)阿闍梨の注釈は何種類もあるもの。大衍暦(たいえんれき)という暦をつくった人です。その暦は、今でも、フランスのアカデミーに保存されているらしいですからね。だから、世界的なのですよ。その一行阿闍梨が大日経の注釈をつくっている。そして、先に言ったような「三劫段は、三妄執だ」というふうに言ってしまったわけですから、これなどはすごいと思います。お経そのものには書いていませんから。
 最後に、現代の社会の中で、真言密教はどのぐらい役に立つか。それは、やはりまずは真言宗の集団の教師から変えていかないと駄目。それは、檀信徒の家庭に入り込んで、教育に入り込んでというふうにした形で展開しているということしかないと思います。そこで宗教を専攻することは必須ではないし、そういうふうにはならない。何か1つ自分の主義主張を通そうとすると、必ずぶつかりますからね。だけど、それは、そういう人たちも包含した形での教理ができていれば、それほどおかしくならないと思います。
 やはり仏教も、初転法輪に戻らないと駄目ですね。そこに、もう全部出ているのですから。
05.後学に向けて
インタビュー日:2022年11月18日
真言宗智山派 宥勝寺(埼玉県本庄市)
文責:金澤豊(仏教伝道協会)